高磁場から卓上型のNMR分光法へ - Part 1

30th March 2023 | Author: Robin Blagg

私は、イギリスのさまざまな大学で十数年間、大学院生やポスドクとして研究を行った後、2020年の秋にオックスフォード・インストゥルメンツに入社し、マグネティック・レゾナンスの所属になりました。この間、構造解析、反応モニタリング、溶液中の動的プロセスの解析など、高磁場NMR分光法を大いに活用しましたが、卓上型NMR分光計は使用したことがありませんでした。

広帯域卓上型NMR分光計「X-Pulse」の測定経験を積むうちに、私が何年もかけて行ってきたNMR分光測定のかなりの部分がX-Pulseでも行える可能性があることに気がつきました。また、X-Pulseがあれば、より多くの実験を行うことができ、他の方法に比べて生産性が高くなることも分かりました。

そこで、このブログでは、私が研究のキャリアの中で高磁場NMR分光法をどのように使用したか、また、同じアプリケーションに卓上型NMR分光計がどのように利用できるかについて解説します。

構造解析

NMR分光法は、化合物の特性評価や混合物の分析において、合成化学者のツールボックスの中で最も強力なツールの1つであることは間違いありません。有機金属化学者だった私は、有機化学で定番の1H や13C だけでなく、19F 、11B 、31P など、さまざまな核種を観測できるNMR分光計から恩恵を受けてきました。また、使用したNMR分光計の周波数は300~500 MHzでした(多くはオックスフォード・インストゥルメンツの超伝導マグネットを使用)。

NMR分光法を用いて特性評価した化合物の一例として、ブリストル大学の博士課程で合成した一連のロダボラトラン錯体があります。これらは、1H、11B{1H}、13C{1H} および 31P{1H} のNMR分光法(他の手法も含む)によりキャラクタライズしました。図1に代表的な1H および11B{1H} のスペクトルを示します。11B{1H} スペクトル(図1、右)では2つのシグナルが観測されており、δB +9 ppmにホウ素とロジウム間のJカップリングから生じるダブレットを示す主成分と、δB +1 ppmにシングルピークを示す微量成分(反応の既知の副産物)に対応します。1H NMRスペクトル(図1、左)では、δH +2.3 ppm付近にチオキソトリアゾール架橋複素環の2つの化学的環境(COに対する硫黄のtransまたはcis)が6:3の割合ではっきりと観測されています(δH +3.8 ppm付近にエチルCH2の四重線(カルテット)も同様に見えています)。

図1:300 MHzの装置で取得した、[Rh(CO)(PPh3){B(taz)3}] 1H & 11B{1H} -NMRスペクトル&構造。[Dalton Trans., 2009, 8724-8736]

これらのスペクトルは超伝導マグネットを用いた300 MHz装置で得られたものですが、X-Pulseのような永久磁石を用いた60 MHz 広帯域システムで同じ情報を取得できない理由はありません。

私が以前、合成したある化合物があり、さまざまな周波数で得られたNMRスペクトルを比較できます。私は長年にわたり、非配位性電解質であるテトラブチルアンモニウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボラン ([Bu4N][B(C6F5)4])を大いに利用してきました。合成後、純度を確認するために1H、11B、19F NMRスペクトルを使用しますが、卓上型でも高磁場システムで得られるのと同じ情報を容易に得ることができます(図2)。実際、X-Pulseで分析したサンプル(合成していないバッチから採取)では、微量の不純物から生じるシグナルが容易に観測されますが(δF -165.5 ppm)、高磁場システムで分析したサンプル(合成したバッチから採取)では、不純物は観測されません。

図2: [B(C6F5)4] 19F-NMR スペクトルで、高磁場と卓上型での比較

また、この化合物は、高磁場での観測結果がそのまま卓上型で観測できるわけではない一例でもあります。具体的には、炭素13 NMRスペクトルのC6F5環に関連するシグナルです。500 MHzの高磁場システムで約25分かけて取得したスペクトルでは、δC +155 - +120 ppmの範囲にシグナルが観測され、SN比 (SNR) は6程度でした(ブチル基からの鋭いシグナルのSNR >100と比較した場合)。一方、60 MHzの卓上型システムで同等の試料を約24時間かけて取得した場合、これらのシグナルはベースラインのわずかな不完全性によってのみ推測されます(図3)。

図3: CD3CN中の[Bu4N][B(C6F5)4] の 13C{1H}-NMRスペクトルで、高磁場と卓上型での比較

卓上型に移行して気づいたもう一つの違いは、より高度な2次元の同種核や異種核相関実験(特に異種核)の優先順位が異なることです。高磁場では炭素13のスペクトルが30分以内に得られることが多いのですが、卓上型では高濃度の試料を除いて、同等の測定に数時間かかることがあります。一方、1H-13C相関実験は、高磁場と卓上型のいずれも数時間かかります(総取得時間は、2次元を構築するために必要なスライス数に依存するため)。したがって、卓上型の周波数で操作する場合は、単純な1次元の 13CスペクトルよりもHSQCやHMBCなどの勾配選択性の2次元スペクトルの方が時間効率(および情報)がよくなる場合があります。

一般的に、一部の 13CのNMRスペクトルを除いて、私が長年、高磁場システムで行った構造解析は、すべてX-Pulseでも行うことができたはずです。私の場合、通常は単純な1次元NMRスペクトルを取得するだけですが、必要に応じて1次元および2次元スペクトルを取得するオプションを用いることもあります。

まとめ

X-Pulseを使い始めてから、これまで高磁場システムで行っていたNMR分光測定のかなりの部分がX-Pulseで行えることがわかりましたが、それだけではありません。ラボの卓上型システムに毎日アクセスできるという利便性により、共用の高磁場システムで手軽に実施できない測定をより多く行うことで、より生産性を高めることができるはずです。


Robin Blagg,
Applications Scientist, Oxford Instruments

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About the Author


Robin Blagg is an applications scientist at Oxford Instruments Magnetic Resonance, where he works on developing applications for the X-Pulse broadband benchtop NMR spectrometer. Robin completed his first degree at the University of York, then obtained his PhD in organometallic chemistry at the University of Bristol, and then undertook post-doctoral research at the Universities of Sussex, Manchester, and East Anglia; before joining Oxford Instruments in October 2020. Robin is a member of the Royal Society of Chemistry (RSC), and serves on the committee of the RSC NMR Discussion Group.

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